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本学教授からナイチンゲールの自筆書簡の寄贈を受けました

 本学看護学部の伊藤景一教授(公衆衛生看護学分野)から、フローレンス・ナイチンゲールの大変貴重な自筆書簡をご寄贈いただきました。看護学部生がナイチンゲールの精神を学び、イギリス留学に際しその墓地を訪問している本学にとって、まさに大学の宝です。以下に手紙の画像と英文及び日本語訳、さらに伊藤教授による解説を載せます。なお、この書簡のオリジナルは飛翔祭の折などに公開を予定しています。

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30 Burl(ington) Street
January 29th, 1861

Dear Mr Rawlinson,

  1. With regard to the roofspace of Bucks Infirmary, I believe that the ceilings are coved. But I very much deprecate any much greater amount of height above the windows than one foot. No roof ventilation makes up for it.
  2. I wish your warming fire place could be adopted. But the stoves in the north of Europe have a zigzag flue up the trunk above the pipe – which can only suit with woodburning. Coal would stop it up.
    The surface-heated air from a stove cased with pottery as you suggest would answer perfectly – if the fire itself could be made to answer.
    I entirely forswear (for Hospitals) all hot air pipes and hot water pipes whatsover. The former are absolutely objectionable everywhere. And the latter, tho(ugh) of course, less so, are not good enough for Hospitals.
    I have not the least doubts that the Paris system of warming air has a large share in neutralizing their admirable construction. Their Hospitals do not shew the results we should expect.
  3. I am glad you don’t like the Blackburn place. I was quite concerned to find Mr Roberton advocated it.
  4. Thank you for your improvements on the Bucks Infirmary ground floor.
    The centre W.C.s are not for sick but for well. Your way of running them out is good. But we prefer generally placing the drain pipes not only outside the walls, but away from the walls.
  5. I quite agree with all your say about fire danger.

ever yours sincerely,
F. Nightingale

I trust that you will publish the manuscript you mention, soon.


30 バーリントン・ストリート
1861年1月29日

ローリンソン様

1. バックス病院[ロイヤル・バッキンガムシャー病院]の天井の空間についてですが、端の部分が弓形になっています。したがって、窓上に1フィート以上の壁を設けることは好ましくないと考えます。そうしてしまいますと、天井の空気が換気できなくなりますので。

2. 貴殿のおっしゃる暖かな暖炉が設置できればよいと思いますが、ヨーロッパ北部の暖炉はマントルピースの上の煙道がZ字に曲がっており、薪を燃やす場合にのみに適した構造で、石炭を使用すると煙突が詰まってしまう可能性があります。
 ご提案のように、ストーブ部分を陶磁器のケースで覆い、その熱せられた表面から放出する暖かい空気で部屋を暖めるのであれば、火事対策としてうまく問題を解決します。
 私は、熱風を送るパイプや熱湯の通るパイプといったものを(病院に)設置するのは絶対に反対です。前者はどんな施設でも間違いなく好ましくないものです。後者は、もちろん、前者よりもいくらかましかもしれませんが、病院にはふさわしくないと考えます。
 パリの暖房システムは大きなシェアーを有しているものの、その見事な建造物の景観を損ねてしまっているのは確かなことです。

3. 貴殿がブラックバーンの施設を好まれないことは、私としては嬉しいことです。ロバートン氏がこれを推していることにとても憂慮しています。

4. バックス病院の1階の床を改装していただいたことに感謝申し上げます。
 建物内の中心部にある洗面所は患者用ではなく、一般人向けです。貴殿の考えられている排水方法に賛成はしますが、配管は壁の外に取り付け、かつ、壁から離しておくことが一般的に好ましいと考えます。

5. 火災の危険性における貴殿のお考えにはすべて賛同します。


かしこ
F. ナイチンゲール

以前お話のあった原稿を出版されるものと信じております。それでは、また近いうちに。


Florence Nightingaleの書簡について


2019年12月24日

秀明大学看護学部
公衆衛生看護学分野
教授 伊藤景一

Florence Nightingale (1820-1910) は、『Notes on Nursing』と並ぶ主著の1つである『Notes on Hospitals』(増補改訂第3版1863年発行が底本)の序文の書き出しに、「病院が備えるべき第一の必要条件は、病院は病人たちに害を与えないことである」と明言しています。「害を与えない (no harm)」とは、無危害原則すなわち医療倫理四原則の1つです。Nightingaleは今から150年以上も前に、医療倫理と医療安全の根源に言及していたことになります。
 Nightingaleの手によるこの署名入り自筆書簡は、今から15年ほど前に神田神保町の英国古書籍を扱う老舗のS書店から入手したものです。書簡の宛先はSir Robert Rawlinson氏、日付は1861年1月29日です。3頁にわたる書簡を読むと、自分が関与している建築中の市民病院の換気装置・温水 / 温風パイプ・トイレ等の排水溝(すなわち、風・温度・水)に関する工事内容について、Nightingaleらしく詳細に、また強い口調で注文を付けているのがわかります。この時代は、まだ病気の瘴気論も流布していたとはいえ、Robert Koch (1843-1910) が1882年に結核菌を発見して「結核の病因論」を著し、ヒトにおいても細菌が病原体であることを証明する20年以上も前でした。しかし、既にNightingaleは感染防止の基礎を直感的に感じ取っていたのではないかと思わせる、二次資料の分析などからは決して得られないであろう圧倒的な存在感と本物の持つ重みを感じます。
 書簡の受取人であるSir Robert Rawlinson (1810-1898) は、英国のビクトリア時代の住民の生活と平均余命の改善に大きく貢献した有名な衛生工学の指導者の一人です。1848年に英国議会で公衆衛生法が可決された後、クリミア半島における英国軍キャンプと陸軍病院の保健衛生状態を改善することを目的として、1855年の初頭に議会が派遣した公衆衛生委員会3名のメンバーにも名を連ねていました。Rawlinsonは、派遣されたクリミアの地でNightingaleと出会って友人となり、その後40年以上に渡って彼女と親交を温めることになります。
 2人の書簡のやり取りとなった舞台は、病院の建築計画に際してナイチンゲールから大きな影響を受けたThe Royal Buckinghamshire Hospital (通称Royal Bucks)で、1860-2年頃に開院。The Prince of Wales が治療を受けた後に王立病院になったとされ、英国でパビリオン建築のレイアウトを施した最初の病院の1つです。ナイチンゲールは個人的に病院のデザインに深く携わり、上述の『Notes on Hospitals』 で見本とすべき病院の1つとして Royal Bucks を説明しています。なお、この建造物は現存しており、19世紀の病院計画の開発における重要性から英国歴史遺産のグレードⅡ(どのような方法を講じても絶対に残すべき建造物)に指定されています。

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